TOP > 奨励賞 > / Update: 2019.5.26

2018年度図書館研究奨励賞授賞報告

図書館研究奨励賞選考委員会


 図書館研究奨励賞は,故森耕一理事長の基金によって,1990年度から始まりました。2018年度は,
2019年2月の本研究会第60回研究大会で,前田章夫理事長より賞状と,副賞10万円が授与されまし
た。※
 同賞の対象は,『図書館界』の過去2年間(2016年11月号(68巻4号)から2018年9月号
(70巻3号))に発表の「論文」か「現場からの提言」を執筆の若手あるいは中堅の研究者になります。
 2018年度の授賞者は,木内公一郎氏「横浜市学校司書配置政策の形成過程」((論文)69巻4号)と
村上幸二氏「融合方式による学校図書館メディア活用能力育成の実践的考察:小学校国語科における指導と
評価との関連を中心に」((論文)69巻5号)のお2人に決定いたしました。
 木内論文は,昨今話題となっている横浜市の学校司書の全校配置政策を対象として,果敢にその複雑な政
策形成過程を把握・検討したものです。そして,この政策形成過程を研究することによって,全国の市町村
自治体に学校司書の配置を促したいとするものです。この論文の優れた点は,地域,行政,議会などの力関
係について客観的な分析を行おうとする姿勢にあります。この研究意図を奨励賞委員会では高く評価しまし
た。研究の手法も大変優れたものであると思います。すなわち,4章での政策にかかる関係者への書面調査
や,面接調査も行われて,その上で分析が綿密になされています。このような分析によって,政策決定過程
は,権力構造と深く結びついているという指摘がありました。この論文の問題点ですが,研究課題に,「政
策形成の効率化に貢献するという問題意識から,最善の政策選択をするためには,どのような政策ネットワ
ークが望ましいのかを明らかにする」とあるのですが,結果的には最善の政策ネットワークを示すことなく
実際を記録するに止まっています。政策決定者への意思決定に影響を及ぼす政策ネットワークのあり方とそ
の構築プロセスを示していただきたかったと考えます。また,横浜市の「学校司書の全校配置政策」の現実
は,正職員でなく非正規で,月収は13万円ほど,勤務地の指定はできず,契約期間は1年,といったもの
となっています。これを正職員にするにはどうするか,現実としては大変厳しい問題が残ります。以上の現
実的な問題があるのですが,木内氏の研究の現実性,有効性を評価し,今後,他の研究者の同様の手法を用
いた比較研究などを促す効果を期待したいと考えます。今後への期待・希望を委員会は持っております。
 村上幸二氏の論文ですが,学校の教科学習において,いかに学校図書館を活かして効果的に展開させるか,
という問題は,学校図書館関係者にとって長らく重要な課題であります。本論文は,教科学習とメディア活
用能力育成の授業上の融合に挑戦し,それが有効かどうかを評価,検証しようとしたものです。この論文の
優れた点は,現場での実践を踏まえた研究として意義があると思われる点です。融合方式授業は,教科書学
習の限界を補う利点があるもので,科目達成と資料利用教育の両者を知りつくした学校図書館職員によって
初めて実現できるものであるといえましょう。村上氏はその両方の力を備えていらっしゃる方であり,それ
ゆえに完成できた論文であると思われます。この研究の狙いと取り組みに,関心を持つ関係者も多く,教育
効果を高めるという観点からも,極めて意味のある論文と高く評価できる,というのが多くの委員の意見で
した。会員からの推薦(坂下直子氏)では,立論,文献の参考も丁寧であると指摘されています。ただ今回
検証に採用した国語科の「話すこと・聞くこと」という単元は,著者がメディア活用能力の基礎資料として
挙げている「情報を学習につなぐ―情報・メディアを活用する学び方の指導体系表」(SLA)の指導内容と親
和性が高いと思われるものです。しかしながら一方ではその親和性に依存する部分が少なくないため「学校
図書館メディア活用能力の育成と教科指導の両立が可能」と言い切るのは,性急に過ぎるという印象をもっ
た,という意見もありました。「融合方式」をとれば児童に対して形成的評価が容易になる点がポイントで
あると読めますが,現場での実践例がきわめて限定的であり,また授業における分析が前半の授業設計の部
分に比べ矮小である,との意見でもあります。また,「融合方式」という呼び方は「授業との融合方式」と
する方が分かり良いのではというアドバイス的意見もありました。意欲的な研究だけに,今般の研究によっ
て得られた知見をさらに客観的に分析され,今後もこのテーマをぜひ追求して頂きたい,と考えます。
 この賞は,選考委員会と会員の皆さまのご協力によって決めることになっております。昨年『図書館界』
5月号に,奨励賞の理解と会員の皆さまからの自薦,他薦をお願いし,11月号には12月17日(月)を
締切にしましたところ,本年度は,会員からのご推薦がございました。このご意見も今年度の評価に加味す
ることとなりました。
 この賞の選考委員会については,第1回理事会で,前川和子を委員長,常世田良を担当理事に選任し,そ
の後理事会より委員長,担当理事を通じて,志保田務,嶋田学,日置将之各氏に対し選考委員を委嘱致しま
した。
 2018年度「論文」「現場からの提言」は,前者13本,後者0本でした。うち過去の既授賞者分2本,
研究歴のある方の著作6本を除きました。研究歴のある方というのは,例えば論文で「謝辞」にお名前が掲
載されている方,教授,名誉教授など研究実績を十分に挙げておられる方です。結果「論文」5本が対象作
となりました。
 選考委員は1月初めに,対象になった5本の評価を委員長と担当理事に提出し,そのあとメール上で議論
し,1月末に合意に達しまして,1月27日の第6回理事会に提出し,承認されました。
 なお,今回選に外れた候補には,受賞に迫る優良作もありました。更に一作を重ねるよう期待します。ま
た,すべての会員が,現場,図書館実務についての課題を意識された結果,それをまとめて『図書館界』の
「論文」「現場からの提言」としてご投稿くださるよう選考委員会一同願っております。

※木内氏は研究大会1日目の授賞式にご事情で参加できず,2日目の受賞となりました。
  (2018年度,日本図書館研究会図書館奨励賞選考委員会:委員長・前川和子,担当理事・常世田良)