TOP > 大会・研究会等 > 研究例会 > 2014年度 > / Update: 2016.11.20

日本図書館研究会研究例会(第312回)報告


日 時:2015年3月16日(月)14:00〜17:00
会 場:大阪女学院大学・短期大学4階407教室
テーマ:デジタル文書のDAISY化:クラウド型音訳支援システム「DaisyRingsTM」を用いて
発表者:沖田克夫氏(桃山学院大学兼任講師(当時))
参加者:16名

  まず,今回のテーマの背景の第一のポイントとして,プリント・ディスアビリティとディスレクシアが
 概説された。
  プリント・ディスアビリティとは,「印刷物を読むことが難しい状態」のことであり,色々な障害のほ
 かいわゆる「寝たきり」の状態・一過性の障害・入院患者・第一言語が手話・事故または脳血管障害によ
 る高次機能障害者・高齢者,その他図書館が認めた障害を含む広い概念であることが説明され,図書館に
 おける伝統的な障害者サービスの延長上にある概念であることが指摘された。その中でも注目すべき障害
 としてディスレクシア(Dyslexia,識字障害,読み書き障害,難読症とも訳されるが定訳はない)について
 動画『ディスレクシアとマルチメディアDAISY』1)を使った説明があった。
  続いて法的な背景が説明された。まず,2010年3月の著作権法の改正にともなう著作権法第37条
 第3項の適用範囲拡大について説明があった。
  続けて,障害者差別解消法について概観された。国連の障害者権利条約の批准に伴って障害者差別解消
 法が成立されたこと,同法成立の遠因に東京オリンピック・パラリンピックの誘致のための障害者権利条
 約に対応する国内の制度整備があるとも言われることなども紹介された。
  更に,障害者差別解消法に基づき,「合理的な配慮」が求められるようになったこと,それは「基礎的
 環境」の整備の上で行われる個別具体の現場対応であることが説明された。
 さらに,DAISY(Digital Accessible Information SYstem,アクセシブルな情報システム)の紹介に続いた。
 DAISYがカセットテープに代わるデジタル録音図書の国際標準規格であること,現在国内で利用されている
 DAISY2.02には,単純な録音と目次を持つ音声DAISY・textデータと目次を持つテキストDAISY・構造化
 されたtextに音声と画像をSMILで同期するmDAISYの三種類があることが紹介され,アメリカ合衆国では,
 出版社に対しDAISY3=NIMAS(全国教材アクセシビリティ標準)形式でデータを納めることが義務付けられ
 たことでmDAISY形式が普及したことが紹介された。また,機械可読型で記録し閲覧の際に人間が知覚でき
 る状況にデバイスが変換して提供する際に,いろいろな障害による要求に対応することがデジタルだから
 こそ可能であるという意味で,「すべての人にその資料を」という方向性を実現するメディア形式だと紹
 介された。
  その上でmDAISYについてのこれまでの問題点として作成に膨大な手間がかかる点が挙げられた。たとえ
 ば中学の国語教科書で1ページ1時間強,中学の理科の教科書1冊300時間以上かかったとのことであ
 った。この様に作るのに膨大な手間がかかる状況では,「過大な負担」とみなされてしまう懸念が紹介さ
 れ,その様な状況をクラウド型システムにするなど新しいICT技術で打開したシステムの例として,実習
 に使うDaisyRingsTM2)が紹介された。
  DaisyRingsTMは,株式会社東芝が開発したクラウドシステムで,mDAISY形式のコンテンツを作成する手
 間を非常に削減することが期待されているシステムであり,実際,あるコンテンツについて既存の最も多
 用されているシステムで19時間かかったコンテンツが,DaisyRingsに流し込むだけの生成り版の作成が
 5分,読み間違いを校正した実用版でも2時間35分で作成できたことが紹介された。さらに複数の大学
 の司書育成においてmDAISYに触れるための実習で採用されているシステムであり,ある大学では,司書課
 程の授業でmDAISY製作を体験した学生が,支援部署の製作と実働のグループに参加するに至ったことなど
 も紹介された。
  続いてテキストデータのmDAISY化の実習が行われた。
  試用アカウントが参加者に配布され,実際に試用してみた。手順は下記のとおりである:
  (1)用意されたテキストをアップロードすると機械的に音声化される。(2)それを聞きながら,元のテ
 キストデータの間違いがあれば訂正し,読み間違いがあればルビを設定して正しくするなどの編集を音声
 エディタで行う。(3)タイトルや見出し等の文書構造や図に代替テキストを付加するなどの作業をHTMLエ
 ディタで行う。(4)アクセントやポーズなどを音声エディタで訂正する。(5)DCコア等のメタデータを付
 与した上でmDAISY化する。(6)出来上がったmDAISYをクラウドからダウンロードして試聴する。という手
 順であった。
  講師の実演に引き続いて,参加者がそれぞれPCを用いて作業を行った。
  その際,アクセント・イントネーション・間については,こだわると非常に時間をつぎ込まざるをえな
 くなるが,視覚障害を持つ人は二〜四倍速で聴くのでアクセントの調整にそれほどエネルギーを注ぐ必要
 はないこと,また読みの指定で漢字を使うと,その漢字に応じたアクセントで読むというシステムなので,
 読みに忠実に入れるのがポイントであること,繰り返し出てくる読み間違いはユーザ辞書機能を使って処
 理することができること,声がまだ不自然な印象はあるが最近の進歩の早さから数年単位では非常に進歩
 することが期待されることなどが説明された。
  参加者より,見出し等の論理構造を示すマークアップなどを手動で付与しなければならないなど,機械
 ができることを人間がさせられている感があるとの指摘もあったが,これでも以前のシステムに比較する
 と格段に進歩していてさらに進歩しつつあるところであることが説明された。
  また,支援学校等での利用についての質問があったが,法的に認められる範囲以上の制限はないこと,
 自分の著作物であればネットでの公開も可能であるとの説明があった。
  最後に,他の変換システムの概観があった。
 (講師からの報告にあたっての補足:NPOサイエンス・アクセシビリティ・ネットが,音声合成の声も一
 段と自然になり操作も進化したmDAISY製作システムとしてChattyInfty Online3)の実証実験を進めてい
 る。)

 文中に言及のある参考資料
 1)公益財団法人日本障害者リハビリテーション協会,「ディスレクシアとマルチメディアDAISY」,http
  ://youtu.be/qsAJh8gnvUk[引用日:2016―09―25]
 2)株式会社東芝,DaisyRingsTM,https://www.toshiba.co.jp/rdc/detail/1402_01.htm[引用日:201
  6―09―25]
 3)NPOサイエンス・アクセシビリティ・ネット,「ChattyInfty3 - - - 音声付き電子書籍・教材編
  集ソフト,http://www.sciaccess.net/jp/ChattyInfty/[引用日:2016―09―25]

 文中に言及のない参考資料
 (社)日本図書館協会他,『図書館の障害者サービスにおける著作権法第37条第3項に基づく著作物の
 複製等に関するガイドライン』,https://www.jla.or.jp/portals/0/html/20100218.html[引用日:201
 6―09―25]
 公益財団法人大学コンソーシアム京都,『第21回FDフォーラム報告第11分科会(障がい学生への大学
 図書館支援)』,2016年 http://www.consortium.or.jp/wp-content/uploads/fd/15454/13-21thfdf
 -bunkakai11.pdf
 『プリント・ディスアビリティのためのマルチメディアDAISY図書資料の作成を楽にした司書課程授業に
 おける実験報告:2016年度施行される障害者差別解消法によって求められる合理的配慮に対応した情
 報支援基盤構築の試み』,沖田克夫,藤間真,情報処理学会研究報告コンピュータと教育,2015―CE
 ―128―1
                                  (記録:藤間真 桃山学院大学)