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日本図書館研究会研究例会(第342回)報告


テーマ:法情報サービスの歴史と展望−公共図書館を中心に−
発表者:笠 学(大阪大学大学院法学研究科ローライブラリー)
日 時:2018年10月26日(金)19:00〜21:10
会 場:大阪市立総合生涯学習センター第4研修室
参加者:11名

1.はじめに
 法情報へのアクセス拠点として公共図書館は従来から重要な役割を担っていたが,「司法制度
 改革審議会意見書」(2001)の趣旨に基づく司法制度の整備が行なわれ国民の法情報に対
 する関心が高まったことから一層その役割が期待されるようになった。司法制度の整備にとも
 ない,公共図書館の法情報サービスについて議論が活発になったことや,法情報サービスを課
 題解決型サービスとして位置づける公共図書館の例があらわれていることについて既に日置将
 之「国内の公共図書館における法情報提供サービス」(カレントアウェアネス(305),2
 010.9,p.2―4)が指摘しており,そこではそのようなサービスの実施例が紹介され課
 題等についてまとめられている。
 本発表は2010年以降の法情報サービスに関する状況を補足することを意図し,また194
 5年以降の歴史を確認することを通して,公共図書館におけるそのようなサービスの意義と今
 後の在り方について検討するための素材を提供することとした。
 法情報サービスの状況を把握するための視点として@法情報(サービス)関連施策,A法情報
 サービス,B法律相談の回答制限,C法情報サービス図書館(員)の交流・研修,D法情報サ
 ービス関連の文献・手引き,E法情報の電子化の各項目を用意し,レジュメのほか,参考資料
 として概ねそれらの項目に対応する年表を作成・配布した。

2.1945年頃から現在までの状況
 @「これからの図書館像−地域を支える情報拠点をめざして」(文科省報告,2006)は,
 法情報の提供についてはじめて言及した文科省の政策提言である(「地域の情報ハブとしての
 図書館」(文科省委託研究,2005)も参照)。この報告が実務に影響を与え,課題解決支
 援などの法情報サービスの実施を一層促したと考えられる。本発表ではこれをいわば基点と位
 置づけ,概ねこれ以降に法情報サービスに関する事例報告,交流・研修の記録,文献・手引書
 などが多く認められることを述べた。
 A従来,法律資料の収集・提供というかたちで法情報サービスは行なわれていたが,その事例
 報告等については上記のような状況である。法情報サービスの主な対象者もそうであろうが,
 2000年以前の公立図書館のサービスの重点的な対象者から,大人,仕事をしている人が外
 れていたという指摘のあることを紹介し,上記のような状況と関連している可能性のあること
 を述べた。最近の法情報サービスの実施状況を数値等で示す資料として「「公立図書館の実態
 に関する調査研究」報告書」(株式会社図書館流通センター,文科省委託研究,2016)及
 び「公立図書館における課題解決支援サービスに関する報告書」(全国公共図書館協議会,2
 016)を紹介し,課題解決支援法情報サービスの実施率が都道府県立において比較的高く,
 市区町村立において比較的低いこと等について確認をした。
 B法律相談の回答制限は現在のレファレンス関連テキスト等でも言及されており,それらは概
 ね利用者への慎重な対応を提言しているが,同様の言及は志智嘉九郎『レファレンス 公共図
 書館における実際』(日本母性文化協会,1954)まで遡ることができ,古くから法的課題
 を持つ利用者が公共図書館を訪れて参考になる情報を求めていたことが推測される。
 C先行事例の視察や研修の実績を確認する資料として,「公立図書館における課題解決支援サ
 ービスに関する報告書」(全国公共図書館協議会,2016)を紹介した。また公立図書館に
 限らない幅広い交流・研修の例としてロー・ライブラリアン研究会の活動を紹介した。同研究
 会は2004年に発足,メンバーは大学教員,弁護士,図書館職員,出版社・書店などの企業
 関係者であり,公共図書館の法情報サービスに対する支援を視野に入れた活動を続けている。
 これまで「法情報コンシェルジュ」養成講座(2011)の実施,『法情報の調べ方入門:法
 の森のみちしるべ』(日本図書館協会,2015(2017年補訂版))の出版,全国図書館
 大会法情報分科会(「法情報と図書館」(2017),「士業連携と図書館」(2018))
 の主催などを行っている。1955年に発足した法律図書館連絡会(発足時は法律関係図書館
 連絡懇談会)は業務情報の交換,研修,ツールの作成などを行ってきたが,同会の会員は国の
 機関,専門図書館,大学図書館が主であって,これまで公共図書館が会員であった実績はない
 ことや,同会の実施する研修「基礎講座」において公共図書館員の参加する例のあることなど
 を紹介した。
 D法情報調査のためのツール(文献目録,法令索引など)は従来,国の機関や専門図書館等が
 作成・監修したものが多い。また法情報調査の手引書は,研究者向けのものは従来からあった
 が,一般市民等による利用を念頭におくものが現われたのは『リーガル・リサーチ』(日本評
 論社,2003)以降であることを述べた。
 E1960年代から1990年代にかけて法情報の電子化に関心を示し啓蒙・提言を行ってき
 たのは主に法律実務家と研究者であり,それら文献の多くはアメリカ等海外の先行事例を参照
 している。電子資料の開発・実用化は官庁内等限られた範囲では1970年代から行われたが,
 電子資料の開発が進み一般に普及したのはネットの環境が整ってきた2000年頃以降である
 ことを述べた。

3.展 望
 法情報サービスの在り方について検討するための参考文献等を紹介した。
 田村俊作「ビジネス支援サービス」田村俊作・小川俊彦編『公共図書館の論点整理』(勁草書
 房,2008)を手がかりに,課題解決支援法情報サービスが,地域の有用性・課題に沿って
 サービスを組み立て,他機関との連携を重視している可能性のあることを述べた。従来型のサ
 ービスは収集した資料の提供を中心にサービスを組み立てており,課題解決支援法情報サービ
 スと対比する場合,後者が人的資源・金銭的資源を他機関との連携などに割り当てることにつ
 いて賛否の分かれる可能性のあることを同文献に拠り述べた。発表者は第104回全国図書館
 大会法情報分科会「士業連携と図書館」(2018)に出席し,調布市立図書館と鎌倉市図書
 館が行政書士会と連携を行っている事例について報告を聞く機会があった。行政書士会が図書
 館で遺言や相続などの法務セミナーを行い,図書館がそのセミナーに関連する蔵書の解説・紹
 介を行うことを通して,より進んだ法務の知識を市民が得られるよう支援する事例などである。
 このような連携を実施するための事情は図書館・地域によって様々であろうが,連携機関のそ
 れぞれの長所を活かして法情報に関する市民の需要に応えることのできる企画であるように思
 われた。
 法律相談の回答制限は,課題解決支援サービスが意識されるようになってから改めて注目され
 ている。今後この問題を検討する際に参考になると思われる,法学者の論じた文献として,岩
 隈道洋「図書館員の課題解決支援サービスと法情報提供」(杏林社会科学研究32(2),2
 016.12,p.1―14)を紹介した。
 交流・研修に関する文献として,田村英彰・金澤敬子「ロー・ライブラリアン研究会の活動に
 ついて:法情報を市民に身近なものへ」(専門図書館(278),2016.7,p.9―15)
 を紹介した。法情報サービスを実施するための事情は図書館・地域によって様々であろうから,
 多くの事例報告を共有することが公共図書館全体にとって有益であることを述べた。
 法情報サービスのことを論じる場合であっても,公共図書館の人的資源・金銭的資源に影響を
 与える制度や法令等を考慮することが必要であるが,本日の発表者はそのような幅広い問題に
 関する発表に適任ではないことを本人から告げた。

4.質 疑
 法律相談の回答制限について活発な意見等が出された。回答制限の態様や判断の目安が分かり
 にくいという意見が多かったようである。具体的な事実関係への対応を課題とする相談におい
 て回答制限をどのように行うか,また様々な態様の相談のうちどのような場合に回答制限を意
 識するとよいのか,図書館員がイメージを持ちにくいのはもっともなことであるように思われ
 た。
 法律家の書いた書籍を参照すると,弁護士が依頼者から相談を受けて法情報調査を行うに至る
 流れは概要次のようなものであることを紹介した。相談を受けた弁護士は依頼者との対話等を
 通して事実関係を確認するが,その際に当該法的課題を解決するために利用できる法制度や法
 的効果を考え,法的効果を考える場合はその発生に必要な要件事実が存在しているか併せて検
 討を進める。そしてそれらを考慮しながら必要に応じて当該法的課題に関連する判例等の調査
 を行い,更に調査結果に基づく報告を依頼者に対して行う,という流れである。少なくとも法
 実務におけるそのような具体的な法的課題を解決するための法情報調査は,このように法的分
 析・法的判断と密接に結びついており,法律家でなければ適切に行うことができないと思われ
 る。
 図書館において利用者ができるだけ有益な情報を入手して満足を得ることはそのサービスの目
 的でもあろうが,上記のような注意点を意識することが図書館員にとって重要であることも確
 かであろう。また,図書館員が利用者から受ける相談は必ずしも具体的な事実関係への対応を
 課題とするものとは限らないだろう。相談の態様とそれに対する回答方法の組み合わせはおそ
 らく様々であって,サービスを行ううえで回答制限をどのように位置づけるか確認するために
 も,そのような多様性を把握しておくことは有益ではないだろうか。様々な相談事例と回答方
 法を確認・整理したうえで,場合によっては相談の態様に応じた回答方法の見直しなどが必要
 なのかもしれない。それらの検討は今後の課題であるように思われる。無料法律相談などを利
 用者に紹介することが場面によっては適切であることについても指摘があった。
 法律相談に関連して,課題解決支援サービスといっても,必ずしも図書館の資料・情報によっ
 て最終的に課題を解決することが可能であるわけではなく,利用者が課題を解決する過程にお
 いて,図書館が資料・情報の支援を適切な態様で行う意義を述べた。
 他の主題と同様法情報のサービスにおいても各館・各地域の事情に応じた蔵書の整備を行うこ
 とが重要であると思われる。法的問題を分かりやすく具体的に解説した信頼できる図書を収集
 することもそのような整備に含まれることを述べた。士業連携のセミナー等において図書館が
 関連資料を紹介する場面などでも蔵書が適切に整備されていない場合はそのような事業の効果
 が十分なものにならないのではないだろうか。
 研修の事例として,国立国会図書館が2003年以降実施している「法令議会資料・官庁資料
 研修」等を補足する意見があった。
                                                                       (文責:笠 学)